karimasu

アニメとゲームのことを書きます

仮面ライダーを見るのをやめようと思っていた自分が映画『仮面ライダー 平成ジェネレーションズFOREVER』を見て

映画を見た帰り道で泣いた。

 

実はジオウが始まる少し前から、仮面ライダーを見るのをそろそろやめようかと思っていた。
僕が仮面ライダーを見始めたのはクウガからで、9歳のときだった。
クウガ、アギトを見て、龍騎に代替わりするタイミングで一度離れた。理由は幼心にマスクのデザインが好きではなかったからだ。555も見ていない。名前がカッコ悪いと思ったからだ。この2作品をリアルタイムで見なかったのは自分が幼少期に犯した失敗の中でも特に大きなものだ。
視聴を再開したのは剣になってからだ。当時僕は中学2年生真っ盛りであり、ふたばちゃんねるに入り浸ってオンドゥル語がネットを賑わせていたあの時代のインターネットを謳歌していた。今思い返しても下らない、いい思い出しかない。剣はネタの数々で伝説的な作品だが、エピソード後半の熱さは記憶に焼き付いている。今でも一番好きな作品だ。
響鬼は中盤で制作体制が変わったことでネットは大荒れし、自分も失望して見るのをやめた。
カブトもいまいちモチベーションが戻らず、電王とキバは見たり見なかったりだ。ディケイド、Wは受験期で最初しか見ていない。
再びライダーを継続的に見るようになったのは大学に入学したオーズ以降だ。ハートキャッチプリキュアの盛り上がりを受けてスイートプリキュアからプリキュアも見始め、ニチアサの習慣が復活した。
それがまた崩壊したのはゴーストと魔法つかいプリキュアの2016年で、ゴーストは気絶するほどつまらなく、まほプリは作画の悪さに挫折してしまった。(ただこの時もぐっと耐えて最後まで付き合えばいい思い出になっただろうなと思う)
エグゼイドとビルドは最後まで楽しく見させてもらった。

 

自分の視聴歴はこんなところだ。
そこから視聴をやめようと思った理由は2つある。

 

1.年間通して見たはずの作品のストーリーを記憶できなくなった
完結した作品の序盤から終盤にかけてのあらすじを覚えておらず、放送中の作品であっても連続したエピソードのうち過去の伏線やキャラクターの変化を理解できなくなったことに気づいた。
原因は後期にかけ骨太になっていったライダーシリーズの脚本を日曜朝に起きてしっかりした頭で消化できていなかったからだ。そもそも寝坊してエピソードを見逃すこともままあった。

 

2.現役でシリーズを追っている他の視聴者との熱量の差を感じてしまった
前述のような脆弱な記憶しかないため、放送中のストーリーの盛り上がりにもついていけていなかった。
そもそも上で書いたように最後まできちんと見た作品が数えるほどしかないため、ジオウのようなクロスオーバー作品はますます楽しめないだろうと予想していた。
そうした自分の状況が実況タイムラインなどで周囲との熱の差で浮き彫りになり、ファンとしての資格を失ったように感じた。

 

長年好きだと思っていたコンテンツのことをほとんど自分の中に残せていなかったことは、ショックだった。
周りが盛り上がっているのに置いてけぼりにされるのは辛かった。
だからジオウは見ていない。楽しめていない自分を見るのが嫌だったから。最悪、好きな作品のネタまで忘れてしまっているのが怖かったから。

 

それなのに今回の劇場版を見に行ったのは半分は気まぐれのようなものだった。
ただ、最新のプリキュア映画が同様に過去のシリーズとの結び付きを強めた作風でものすごく感動させられたことや、初日に見に行った先駆者の感想からにじみ出る名作の雰囲気や、「これで駄目なら諦めよう」という自嘲的な気分が映画館に足を運ばせた。

 

(ここから映画の内容に触れます)
映画の内容はやはり素晴らしいものだった。
ライダーはフィクションである、というタブーにあえて向き合い、「仮面ライダーが存在するというのはどういうことなのか」という問いに大きな答えを出していた。
「現実か虚構かなんて些細なことだ」と言う桐生戦兎はテレビで見ていたかっこいいヒーローのままで、そうだ、俺達はそんなことを気にして見ているんじゃないんだという心の底の気持ちを代弁してくれたような気がした。
「誰かの記憶にある限りライダーは存在する」という戦兎の台詞は、原作ラストで自己犠牲の末に世界を改変し、誰からも忘れられた世界で孤独になるはずだった背景を踏まえると唸らされるものがある。それでも万丈は戦兎のことを覚えていたし、それだけでなく我々視聴者も彼のことを覚えていたからこそ仮面ライダービルドという物語は成立した。
映画を見ていて、平成ライダーのことを忘れてばかりの自分としては申し訳なくなってしまった。

 

映画館からの帰り道、感想を噛み締めながら「平成ジェネレーションズFOREVER」というタイトルと作品が残したメッセージに思いを馳せたとき、涙があふれて止まらなくなってしまった。
自分が子供のときからあった平成ライダーシリーズがピリオドを迎えてしまうということ、それでもそれは記憶の中にある限り失われることはないということに、寂しさと勇気を一緒にもらったような心地がした。
記憶なんてボロボロの自分でもそんなに泣いてしまったことが自分でも意外だった。はっきりと覚えてはいなくとも、人生でライダーシリーズを見てきて自分の中に積み重なっていたものが確かにあったのだと思った。それは自分にとって救いだった。

 

仮面ライダーを見るのをやめようかと思っていたが、それは保留にしよう。
自分にできる範囲で、もう一度初めてライダーシリーズを見る子供になったような気持ちで楽しめたらいいと思う。そして過去の作品も少しずつ補完していこうと思う。
平成は終わるが、同時に新しいジェネレーションの誕生でもある。新しいライダーとの思い出をこれから作っていこう。

 

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